作文指導をしていると、よく聞く言葉があります。
「何を書けばいいか分かりません」
原稿用紙を前にして、鉛筆が止まる。
題名すら決まらない。
ようやく書き始めても、数行でまた止まってしまう。
こうした姿を見ると、「書く材料がないのだろう」と思われがちです。
しかし、子どもと話してみると、実際には違うことが少なくありません。
運動会のこと。
塾のテストで悔しかったこと。
友達とけんかをしたこと。
家族で出かけたこと。
書けそうな出来事は、いくつも出てきます。
それでも書き始められない。
問題は、材料の少なさではなく、たくさんある材料の中から一つを選べないことにあります。
【「何を書けばいいか」は、正解を探している言葉】
たとえば、
「最近頑張ったことを書きなさい」
という課題が出たとします。
子どもの頭の中には、いくつかの候補が浮かびます。
漢字の練習。
運動会のリレー。
塾の宿題。
苦手な食べ物を食べたこと。
ところが、そこで別の考えが始まります。
「これでいいのかな」
「もっと立派なことを書いた方がいいのかな」
「先生が求めている答えは何だろう」
すると、何を書くかを考えていたはずが、いつの間にか「正しい題材」を探す作業に変わります。
作文が苦手に見える子は、何も考えていないとは限りません。
むしろ、失敗しない答えを探しすぎて、選べなくなっていることがあります。
「何を書けばいいか分からない」は、材料がないという意味ではなく、何を選べば正解なのか分からないという言葉でもあるのです。
【特別な出来事を探すほど書けなくなる】
作文には、大きな出来事を書かなければならない。
そう思っている子もいます。
旅行に行ったこと。
試合で優勝したこと。
何かに初めて成功したこと。
確かに、こうした出来事は書きやすい題材です。
けれども、作文の材料は特別な体験である必要はありません。
給食で苦手な野菜を一口食べた。
帰り道で友達に声をかけられた。
テストの一問がどうしても解けなかった。
日常の小さな場面にも、その子が見たことや感じたことがあります。
作文で大切なのは、出来事の大きさではありません。
その中から、自分が覚えている場面を一つ選べることです。
「一番すごい出来事は何?」
と聞かれると、子どもはまた正解を探します。
一方で、
「一番よく覚えている場面はどこ?」
と聞かれると、実際に見た光景へ戻りやすくなります。
【書ける子は、材料を減らしている】
作文が得意な子は、頭の中に多くの材料を持っています。
ただし、すべてを書こうとはしません。
今日はこの場面を書く。
この会話を中心にする。
この気持ちを伝える。
書く前に、扱う材料を絞っています。
作文が苦手な子ほど、思いついたことを全部入れようとすることがあります。
運動会について書くなら、開会式も、徒競走も、応援も、昼食も、閉会式も書こうとする。
その結果、何から始めればよいか分からなくなります。
作文で必要なのは、材料を増やすことだけではありません。
書かないものを決めることも必要です。
一つを選ぶことは、ほかの出来事を否定することではありません。
今回は、この場面を書く。
それだけでよいのです。
【家庭では、選択肢を増やしすぎない】
子どもの手が止まると、保護者は助けようとします。
「運動会は?」
「旅行のことは?」
「この前のテストでもいいんじゃない?」
次々に候補を出せば、子どもが選びやすくなるように見えます。
しかし、もともと選べずに困っている子に、さらに選択肢を増やすと、かえって決めにくくなることがあります。
家庭でできるのは、題材を代わりに決めることではありません。
子どもの中にある候補を、一つに絞るための小さな支えです。
「どの出来事が一番よく残っている?」
一度だけ、そう尋ねます。
答えが出たら、その題材で正しいかどうかを大人が評価せず、まず書かせてみます。
選んだ題材が立派かどうかよりも、自分で一つを決めた経験の方が大切です。
【書く前の停滞と、書き始めた後のつまずきは違う】
一行目が書けない段階で、漢字や表現を直しても作文は進みません。
この段階で必要なのは、書き方の指導ではなく、扱う材料を決めることです。
何を書くかが決まれば、次に考えることが見えてきます。
どの場面だったのか。
誰がいたのか。
何が起きたのか。
自分はどう感じたのか。
反対に、題材が決まらないままでは、どれだけ作文の型を教えても、子どもの頭の中は動き始めません。
書く前の停滞と、書き始めた後のつまずきは、分けて考える必要があります。
作文が苦手になる原因の全体像は、
「作文が苦手な子は何が書けない?つまずく原因と家庭でできること」
で整理しています。
【まとめ】
作文で「何を書けばいいか分からない」と言う子は、書く材料を持っていないとは限りません。
候補が多すぎる。
正しい題材を選ぼうとしている。
特別な出来事を書かなければならないと思っている。
そのために、一つを決められず、書く前で止まっていることがあります。
必要なのは、題材を増やすことではありません。
自分が一番よく覚えている場面を、一つだけ選ぶことです。
作文は、何でも書くことから始まるのではありません。
たくさんある材料の中から、今回は何を書くのかを決めることから始まります。
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