小学校中学年になると、作文や感想文で手が止まる子が増えてきます。
「何を書けばいいか分からない」
「楽しかったです、で終わってしまう」
「話すことはできるのに、文章にすると伝わらない」
このような姿を見ると、保護者は作文教材を探したり、作文教室を検討したりするかもしれません。
もちろん、実際に書く練習も必要です。
しかし、高学年になる前に家庭で準備しておきたいのは、作文の型や上手な表現だけではありません。
自分が知っていることを、知らない相手にも分かるように伝える力です。
作文力とは、特別な言葉を使う力ではありません。
相手に必要な情報を考え、伝わる順番に並べ、適切な言葉で表す力です。
そして、その土台は作文用紙の上だけで育つものではありません。
家庭での会話の中でも育ちます。
この記事では、小学校中学年の子どもが高学年になる前に身につけておきたい作文力と、家庭でできる関わり方を整理します。
【作文力とは、人に伝える力である】
作文では、内容の豊かさが大切です。
どのような経験をしたのか。
何を見たのか。
何を感じたのか。
そこから何を考えたのか。
こうした中身がなければ、文章は広がりません。
しかし、どれほどよい経験や考えがあっても、読み手に伝わらなければ作文としては成立しません。
子どもの頭の中には、そのときの場面が残っています。
登場人物のことも分かっています。
何が面白かったのかも理解しています。
けれど、読む側は何も知りません。
誰の話なのか。
いつ起きたのか。
どこで起きたのか。
何が起きたのか。
なぜそう思ったのか。
こうした情報が抜けると、本人には分かる文章でも、相手には伝わらない文章になります。
作文力とは、頭の中にあるものを、そのまま書き出す力ではありません。
自分と相手の情報量の差を考え、必要な情報を補う力です。
【作文が苦手な子は、会話でも説明を省いている】
作文が苦手な子の中には、日常会話でも説明が飛びやすい子がいます。
たとえば、学校から帰ってきた子が、
「今日、ユウキがやって、みんな笑った」
と話したとします。
子どもの頭の中には、そのときの教室の様子が浮かんでいます。
ユウキが誰なのか。
何をしたのか。
なぜみんなが笑ったのか。
本人にはすべて分かっています。
しかし、聞いている保護者には分かりません。
このとき、大人が、
「同じクラスのユウキ君が、面白いことをしたの?」
と意味を補えば、会話は早く進みます。
けれど、子どもは自分で説明する必要がなくなります。
伝わらない部分は、大人が察して埋めてくれるからです。
この状態が続くと、子どもは説明を省略したままでも、相手に伝わったと思うようになります。
作文でも、
「その人」
「そこ」
「それをやった」
と、読み手には分からない言葉を使います。
書く力の問題に見えて、実際には、相手に必要な情報を自分で補う習慣が育っていないことがあります。
【親の「過保護な翻訳」が、子どもの言葉を奪う】
子どもの話が分かりにくいとき、親は意味を推測できます。
長く一緒に暮らしているため、誰のことを話しているのか、何を言いたいのか、何となく分かるからです。
しかし、親が理解できることと、子ども自身が相手に伝えられていることは別の問題です。
ここで多くの保護者が陥るのが、我が子の「良き理解者」になろうとする罠です。
子どもの拙い言葉から意味をくみ取り、
「つまり、〇〇ということね」
と、大人がきれいな言葉へ翻訳して会話を終わらせる。
一見すると、子どもをよく理解している優しい関わりに見えます。
しかし、それを繰り返すと、子どもは自分で言葉を探す必要を失います。
子どもが言葉に詰まったとき、本来は、
誰のことなのか。
何が起きたのか。
なぜそう思ったのか。
どの言葉なら伝わるのか。
を考えなければなりません。
この時間には負荷がかかります。
会話も止まります。
親も待たなければなりません。
そこで大人が答えを先回りすれば、会話は早く終わります。
けれど、子どもが最も頭を使うはずだった「言葉を探す時間」は消えます。
親の翻訳は、子どものためだけに行われているとは限りません。
話を早く進めたい。
何度も聞き直すのが面倒。
子どもの気持ちを理解できる親でいたい。
こうした親側の効率や満足が混ざることもあります。
親が優秀な翻訳機として働くほど、子どもは自分の言葉を組み立てなくなります。
作文が書けないのは、作文の技術を知らないからだけではありません。
日常の中で、言葉を自給する前に、大人から完成品を渡されているからです。
【分からないことは、補わずに質問する】
子どもの説明が分からないときは、大人が答えを補うのではなく、分からない部分をそのまま質問します。
たとえば、
「〇〇君は同じクラスの子だよね?」
ではなく、
「〇〇君って誰なの?」
と聞きます。
「休み時間の話でしょ?」
ではなく、
「それは、いつの話?」
と尋ねます。
「面白いことをしたんだね」
とまとめるのではなく、
「何をしたから、みんなが笑ったの?」
と聞きます。
大切なのは、子どもの話し方を責めることではありません。
相手には分からない情報があることを知らせ、子ども自身の説明を促すことです。
「ちゃんと話して」
「何を言っているのか分からない」
という言い方では、子どもは何を補えばよいか分かりません。
誰なのか。
いつなのか。
どこなのか。
何が起きたのか。
なぜそう感じたのか。
不足している情報を一つずつ問い返します。
親が答えを与えるのではなく、子どもが自分の言葉で説明し直すことに意味があります。
【会話の順序は、そのまま作文の構成になる】
作文が苦手な子は、出来事を思いついた順に書くことがあります。
話が途中から始まる。
突然、別の人物が出てくる。
時間が前後する。
最後まで読んでも、何を伝えたいのか分からない。
これは、表現力以前に、情報の順序が整理されていない状態です。
日常会話でも同じことが起きます。
子どもは、自分が最も印象に残った場面から話し始めます。
しかし、聞き手には、その場面に至るまでの情報がありません。
そこで家庭では、
「最初に何があったの?」
「その次は?」
「それで、どうなったの?」
「最後にどう思ったの?」
と、順番を確認します。
この会話は、そのまま作文の構成になります。
最初に状況を説明する。
次に起きたことを伝える。
その出来事をどう受け止めたかを話す。
最後に、自分が考えたことをまとめる。
作文の構成力は、原稿用紙に向かうときだけ育つものではありません。
出来事を順序立てて話す経験の積み重ねによって育ちます。
【話すことは、書くことより身近である】
書くことは、子どもにとって負荷の高い作業です。
内容を考える。
順序を決める。
言葉を選ぶ。
漢字を思い出す。
実際に文字を書く。
これらを同時に行わなければなりません。
一方、話すことは、書くことよりも身近です。
今日、学校であったこと。
友だちとの出来事。
授業で初めて知ったこと。
最近気になっているニュース。
読んだ本や見た動画の内容。
子どもが話したいことを材料にすれば、伝える練習を日常に取り入れられます。
ただし、自由に話させているだけで、自然に作文力が伸びるわけではありません。
子どもの言葉が相手に伝わっていなくても、大人が察して会話を成立させれば、説明する力は使われません。
大切なのは、話を聞くことと、分からない部分を分からないまま返すことです。
夕食の時間や移動中に、
「今日、いちばん印象に残ったことは?」
「それを知らない人に説明するとしたら、何から話す?」
と尋ねるだけでも、伝える力の練習になります。
【「楽しかった」で終わらせず、理由まで言葉にする】
中学年の作文では、
「楽しかったです」
「うれしかったです」
「面白かったです」
で終わることがよくあります。
この表現自体が悪いわけではありません。
問題は、なぜそう感じたのかが相手に伝わっていないことです。
「何がいちばん楽しかったの?」
「そのとき、何が起きたの?」
「最初から楽しかったの?」
「もう一度やりたいと思ったのはなぜ?」
と尋ねると、感情の奥にある出来事や理由が見えてきます。
たとえば、
「運動会が楽しかったです」
だけだった説明が、
「最初は負けると思っていたけれど、最後にみんなで声をかけ合って逆転できたので、楽しかったです」
へ変わります。
言葉を増やして文章を長くするのではありません。
感情が生まれた理由を明らかにすることで、内容の解像度を上げます。
【「すごい」「ヤバい」は、思考を止める言葉になる】
作文力を伸ばすには、語彙力も必要です。
しかし、語彙力とは、難しい言葉を大量に覚えていることではありません。
場面や気持ちに合う言葉を選び、自分が見たものを正確に表せることです。
子どもはしばしば、
「ヤバかった」
「すごかった」
「めっちゃ面白かった」
という一語で、出来事や感情を済ませます。
これらは便利な言葉です。
驚いたときにも使える。
感動したときにも使える。
怖かったときにも使える。
予想外だったときにも使える。
一語で会話を進められるため、考える負担が少なくて済みます。
問題は、その言葉を使うこと自体ではありません。
その一語だけで、大人が意味を察し、会話を終わらせることです。
子どもが、
「今日の実験、ヤバかった」
と言ったとき、
「そうなんだ。面白かったんだね」
と回収すれば、子どもは何がどうヤバかったのかを説明しません。
家庭で必要なのは、言葉を機械的に禁止することではありません。
その言葉だけでは、相手には伝わっていないことを返すことです。
「ヤバいだけでは、何が起きたか分からない」
「何を見て、そう思ったの?」
「どんなふうにすごかったの?」
と問い返します。
最初から大人が、
「驚いたの?」
「怖かったの?」
「感動したの?」
と候補を並べすぎると、また翻訳の代行になります。
まずは、子ども自身に言葉を探させます。
語彙力を育てるとは、難しい言葉を暗記させることではありません。
便利な一語で思考を終わらせず、見たことや感じたことを、より正確な言葉へ分ける習慣をつくることです。
【語彙は、経験と結びついたときに使えるようになる】
本やニュース、家族との会話を通して、子どもはさまざまな言葉に触れます。
しかし、知っている語彙と、自分で使える語彙は同じではありません。
言葉を見たことがあっても、実際の経験と結びついていなければ、作文では出てきません。
たとえば、「うれしい」という感情にも、
安心した。
誇らしかった。
ほっとした。
達成感があった。
認められたように感じた。
など、さまざまな表し方があります。
子どもが実際に何かを経験したとき、
「うれしかった」
だけで終わらず、
「どんなうれしさだったの?」
「心配していたことが終わって、ほっとした感じ?」
と、場面と言葉を結びつけます。
ただし、大人が正解の言葉を決めてはいけません。
「それは安心したということだよ」
と完成させるのではなく、
「安心した、に近い?それとも別の感じ?」
と確かめ、子ども自身に選ばせます。
語彙は、覚えただけでは表現力になりません。
自分の経験を説明するために使ったとき、初めて自分の言葉になります。
【高学年になる前に準備したい三つの力】
高学年になると、作文に求められるものは増えていきます。
文章を読んで自分の考えを書く。
資料をもとに意見をまとめる。
理由や具体例を入れて説明する。
複数の情報を比べて書く。
こうした課題に対応するために、中学年のうちに準備したいのは次の三つです。
1.相手に足りない情報を補う力
人物、場所、時間、状況など、自分には分かっていても、相手には分からない情報を補います。
2.情報を伝わる順番に並べる力
思いついた順ではなく、相手が理解しやすい順に話します。
最初に何があったのか。
次に何が起きたのか。
その結果、どうなったのか。
自分は何を考えたのか。
という流れです。
3.気持ちや意見を、理由まで説明する力
「楽しかった」
「よいと思う」
だけで終わらず、
なぜそう思ったのか。
どの出来事からそう考えたのか。
まで説明します。
この三つが身についていれば、高学年で作文の形式が複雑になっても、内容を組み立てやすくなります。
【家庭で使える会話の型】
家庭で作文力を育てるために、難しい指導は必要ありません。
子どもの話を聞きながら、必要に応じて質問します。
「誰の話?」
「いつ、どこで起きたの?」
「最初に何があったの?」
「その次は?」
「どうなったの?」
「そのとき、どう思ったの?」
「なぜそう思ったの?」
「一番伝えたいことは何?」
すべてを毎回尋ねる必要はありません。
話の中で、聞き手に伝わっていない部分だけを返します。
大切なのは、質問を使って親が答えへ誘導することではありません。
子ども自身に不足を見つけさせ、説明を補わせることです。
この経験を重ねると、子ども自身が、
相手には誰のことか分からない。
最初の説明が必要だ。
出来事は順番に話した方がよい。
気持ちには理由を添えた方が伝わる。
と考えられるようになります。
保護者が質問しなくても、自分で必要な情報を補えるようになることが目標です。
【作文教材より先に、家庭の会話を点検する】
作文が苦手だからといって、すぐに専門教材や作文教室が必要とは限りません。
まず、家庭の会話を点検します。
親が話を先回りしていないか。
子どもの説明を最後まで待てているか。
分からない部分を、自分で補わせているか。
気持ちの理由まで尋ねているか。
「すごい」「ヤバい」だけで会話を終わらせていないか。
新しく知った言葉を、実際の経験と結びつけているか。
作文用紙に向かう時間は限られています。
しかし、会話は毎日あります。
その毎日の中で、大人がすべてを察し、翻訳し、完成させていれば、子どもは自分の言葉を使う必要がありません。
反対に、伝わらない部分を問い返され、自分で説明し直す経験を積めば、相手を意識して言葉を選ぶようになります。
作文力の差は、作文を書いた枚数だけで生まれるものではありません。
自分の言葉を使わなければ相手に伝わらないという経験を、どれだけ積んだかによっても生まれます。
【まとめ】
小学校中学年で伸ばしたい作文力は、上手な表現を使う力だけではありません。
自分の知っていることを、知らない相手にも分かるように伝える力です。
そのためには、
相手に足りない情報を補う。
出来事を順序立てて話す。
気持ちや意見に理由をつける。
便利な一語で終わらず、より正確な言葉を探す。
自分の言葉が伝わっているかを確かめる。
といった力が必要です。
これらは、作文用紙の上だけで育つものではありません。
今日、学校であったこと。
友だちとの出来事。
最近知ったこと。
面白いと思った話。
こうした日常の会話が、作文力を育てます。
ただし、子どもの話に耳を傾けるだけでは足りません。
説明が不十分でも、親が意味を察して会話を成立させてしまえば、子どもは自分で言葉を探しません。
「〇〇君は同じクラスの子だよね」
と先回りするのではなく、
「〇〇君って誰なの?」
と尋ねる。
「楽しかったんだね」
とまとめるのではなく、
「何が、どうして楽しかったの?」
と聞く。
「すごかった」
で終わらせず、
「何が、どのようにすごかったの?」
と説明を求める。
作文力とは、きれいな文章を書く技術ではありません。
自分と相手の間にある情報の差を見つけ、伝わる順番に並べ、適切な言葉で埋めていく力です。
高学年になる前に必要なのは、作文を大量に書かせることだけではありません。
親が優秀な翻訳機になるのをやめ、子どもが自分の言葉を探す時間を奪わないことです。
